
曲の手引き。作曲の経緯と作品のデータ、出典。
1881年の秋、ウィーンの弦楽四重奏団からの依頼に応えて書かれた4楽章の作品である。ドヴォルザークは当初ヘ長調で第1楽章を書き上げたが、それを脇に置き、ハ長調で改めて一から書き直した。同年12月にウィーンで予定された初演はリング劇場の火災のため取りやめとなり、楽譜は翌1882年にベルリンのジムロックから出版。第3楽章のスケルツォには、2年前のチェロとピアノのためのポロネーズ B.94 の主題が2つ転用されている。
| 作曲年 | 1881 |
|---|---|
| 編成 | 弦楽四重奏 |
| 人数 | 4人 |
| 楽章・曲 | 第1楽章 Allegro / 第2楽章 Poco adagio e molto cantabile / 第3楽章 Scherzo: Allegro vivo / 第4楽章 Finale: Vivace |
| 別名・表記 | 弦楽四重奏曲 ハ長調 作品61 / String Quartet No. 11 in C major |
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調べた日:2026-10-22
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