Concert Notes

アンクの演奏日記

美しさにはベクトルがある ― 鈴木詩音 阿部寛己
2026年5月6日 Ankh Concert Notes

4月9日(木)鈴木詩音(ピアノ)× 阿部寛己(クラリネット)

ドビュッシー:第一狂詩曲 / ドビュッシー:美しい夕暮れ / プーランク:クラリネットソナタ


鈴木詩音さんは二回目のご出演、阿部寛己さんとは初めての出演となります。

詩音さんは前回の出演のとき、その丁寧で精錬な演奏に深く印象を受け、ぜひもう一度とお声をかけました。現在は東京音楽大学で伴奏演奏者としてご活躍されています。阿部さんは今回初めてお聴きするのですが、事前の評判では音にまとまりがあり、演奏力にも定評がある奏者だとのことで楽しみにしておりました。

ドビュッシーが「第一狂詩曲」を書いたのは1910年のこと。パリ音楽院の年次コンクール用の課題曲として依頼されたものでしたが、作品は課題曲という枠組みを超えていると奏者は口を揃えて言います。「印象主義」という言葉は元々、画家モネの作品「印象・日の出」を批評家が皮肉を込めて使ったことに由来していますが、ドビュッシー自身はこの呼び名を好まなかったとも伝えられています。それでも彼の音楽が「対象を描写するのではなく、対象が意識に触れた瞬間の揺らぎそのものを音にする」という点において、印象主義絵画と深く共鳴していることは否定しがたいのではないでしょうか。

「美しい夕暮れ」はポール・ブールジェの詩に付けられた歌曲で、ドビュッシーがまだ学生だった1880年代の作品です。クラリネットとピアノへの編曲版でも演奏されることがあり、夕暮れの光が水面に溶けていくような独特の時間感覚は、この楽器編成でも十分に伝わってくるのではないかと思います。

プーランクのクラリネットソナタは彼の晩年の作品です。盟友であった指揮者の急死に触れて作曲が始まったとも言われており、完成の翌年にプーランク自身もこの世を去っています。ユニークさと哀愁が表裏一体となった彼独特さが色濃く滲んでいるように感じています。

ドビュッシーとプーランク。ともにパリという都市を生きながら、まったく異なる方法でフランス的な音を体現した二人の作曲家の対比を、クラリネットとピアノという親密な編成でご体験出来る夜でした。


演奏を聴いて特に際立っていたのは、エネルギーの扱いの精度でしょうか。各作品に対する造形の仕方は構造主義的とも言えるほど緻密で、細部まで注意が行き届いた演奏でした。抑制からの解放が訪れる時はまるで渇きにようやく水が届いたときのような、深い安堵感として聴こえてきました。長い修練の果てに生まれる、準備された和声の美しさ。美しさにはベクトルがある。その物事を音で示してくれた夜でした。

銀座Bar アンク Music Place 中央区銀座6-9-13 第1ポールスタービル4階 03-3571-6199
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