Concert Notes

アンクの演奏日記

20年熟成のブラン・ド・ブランの味わいのようにー 桶絢湖 浦川うらら
2026年5月6日 Ankh Concert Notes

4月10日(金)桶絢湖(ピアノ)× 浦川うらら(チェロ)

グラナドス:ゴイエスカス間奏曲 / グラナドス:スペイン舞曲集よりアンダルーサ / フォーレ:エレジー / ドビュッシー:チェロソナタ / フランク:チェロソナタ


エンリケ・グラナドスは1916年3月、帰欧の途上、イギリス海峡で命を落としました。ニューヨークでのオペラ《ゴイェスカス》初演に立ち会ったのち、乗船していた英仏連絡船サセックス号がドイツ潜水艦の魚雷攻撃を受け、大破したのだそうです。第一次世界大戦の潜水艦戦が、スペインが生んだ最も繊細な作曲家の命を奪いました。その歴史の暴力性を知っていると、彼の遺した音楽の音符のひとつひとつが、また違った重みを帯びて感じられるのではないでしょうか。

《ゴイェスカス》は、ゴヤの絵画そのものを一対一で音に写した作品というより、ゴヤが描いた時代と世界に深く触発された作品です。18世紀末のマドリード、貴族と民衆が交差する光景、恋愛、嫉妬、祝祭、そして死の気配。グラナドスはその視覚的なイメージをも、香り立つような音の世界へと変換しまています。そこには、スペインという土地が持つ官能性と時代に翻弄された影が封じ込められています。

《ゴイェスカス》の「間奏曲」は、その甘く哀愁を帯びた旋律ゆえに、オペラから離れて独立した小品としても広く愛されてきました。一方で《アンダルーサ》は、《ゴイェスカス》ではなく《スペイン舞曲集》op.37の第5曲として知られる作品です。アンダルシア地方を思わせる民族的なリズムと旋法が、ピアノの中に濃やかに湛えられた一曲です。

フォーレの《エレジー》は1880年頃の作品で、もともとはチェロ・ソナタの緩徐楽章として構想されたものだとされています。しかしソナタ全体は完成されず、この楽章は独立した小品として世に出ることになりました。やがてこの作品は、チェロのレパートリーの中でも特別な位置を占めるようになります。わずか数分の音楽の中に、これほど深い哀愁をチェロという楽器が、人の声に近い温度と陰影を持ちうることを実感させてくれる作品は少ないかもしれません。

ドビュッシーのチェロ・ソナタは1915年の作品です。この時期のドビュッシーは癌に苦しみ、同年末には手術を受けることになります。第一次世界大戦の惨禍を目の当たりにしながら、それでも彼は作曲を続けました。「フランスの音楽家クロード・ドビュッシーによる」と自ら署名したこの時期の作品群には、祖国フランスへの強い意識と、死を前にした人間の研ぎ澄まされた感覚が同居しているのかもしれません。演奏時間は15分に満たないにもかかわらず、その内側には複雑な感情の地層が畳み込まれています。短く、鋭く、凝縮された作品です。

フランクのソナタは、もともと1886年にヴァイオリンとピアノのために書かれた作品です。献呈されたのは、ベルギーのヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイ。今回チェロで演奏される版は、ジュール・デルサールによる編曲で、フランク自身が認めたものとされています。フランク晩年の傑作であり、年齢を重ねた作曲家がこれほど瑞々しい音楽を書きえたことへの驚きは、今も消えません。第4楽章のカノンでは、ピアノとチェロが互いを追いかけながら、最終的にひとつの歌へと溶け合っていきます。

スペインの情熱、フランスの哀愁と知性、そしてベルギーに生まれフランスで活動したフランクが体現するロマン主義の深み。一夜のプログラムの中にこれだけの精神的な振れ幅が収まっているのは、なかなか贅沢なことだと思います。

この夜の印象を一言で表すなら、社交ダンスを観ているようでした。しかし通常とは少し違う構図でした。チェロが導き、ピアノが応える。チェロが方向を示し、ピアノはそれを確かな注意深さで受け止めながら寄り添っていく。静かな支えの姿がそこにありました。

浦川さんの奏でる音は、余分な装飾を一切削ぎ落としたところから生まれる、細く、洗練された響きに感じられました。まるで二十年ほど熟成されたブラン・ド・ブランの泡のような純粋で、密度があり、時間の重みを纏った美しさとでも申しましょうか。
ストイックな二人の演奏に酔えた良い日でありました。

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